高次脳機能障害患者の事例

illust1 事例1.清水聡さん(仮名、現在20歳)
 1999年2月4日の早朝、自転車で高校へ登校する途中ことである。横断歩道を渡っている聡さんの自転車の後部に猛スピードの車が激突。すぐさま病院に搬送され、頭は大きくは腫れ上がり、全身を包帯で巻かれている。駆けつけた家族は変わり果てた聡さんの姿に愕然とし、何度も名前を呼びかけるも、何の反応もない。脳は最大級のダメージを受け、助かったとしても元の聡さんに戻ることはないというのが担当医の言葉で、結果、聡さんにはびまん性軸索損傷、脳挫傷、脳内出血、脳梗塞、頸椎骨折、頸髄損傷などの診断名がつく。びまん性軸索損傷や脳挫傷などは、高次脳機能障害の原因となる疾患である。
 なんとか一命を取り留めたとはいえ、この状況であり、意識が戻ったのが3ヶ月後のことであった。杖なしでなんとかあるけるがよぼよぼとしている、右手は全く使えない、お腹をモンでやらないと排尿・排泄ができない、固いものやぱさついたものは食べれない、入浴は発作の危険があり介助が必要である等、ひとりはで何も出来ない状態での退院となり、自宅での療養が始まる。そうして、家族は愕然とする。時間の認識がない、記憶力が低下している、感情のコントロールが出来ない等、やはり彼は変わり果てていた。それらの症状が高次脳機能障害であると知ったのは、「若者と家族の会」へ入会した、退院から一年が経過してからだった。
 復学を望む聡さんは二学期から高校へ通い始めるも、やはりままならない。まず起きないし、出かける準備に2時間かかり、ご飯を食べるのに1時間かかり、放っておくと30分くらい歯を磨いているといった状態で、更には現実についてくことが出来ず、その不甲斐ない自分に苛立ち、怒り出したかと思えば、急にハイになって歌を歌ったりと、感情の起伏が非常に激しく落ち着かず、家族はひと時も聡さんをひとりにしておくことが出来ない。
 そんな中、頼りになる医療機関もなく疲弊しきった清水家であったが、受傷から一年半がたった頃、山口研一郎医師が高次脳機能障害の患者を親身になって看ているということを知り、家族は拠り所を見つけるも、症状の根本的解決に向かうことはない。聡さんはなんとか大学へと進学できたものの、家族の不安は続く。母、圭子さんは言う、「生きていてくれるだけでありがたいと思わないと…」。

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事例2.戸田健二さん(仮名、現在38歳)
 1997年12月1日、飲みの帰りに路上で急にアベックに言いがかりをつけられ暴行を受けて、搬送される。右側頭部頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、脳ヘルニアと診断され、意識不明の状態が一ヶ月続くも、一命を取りとめる。しかし、左半身麻痺と視野狭窄が残ると医師から告げられる。急性期の治療を終え、リハビリセンターへ移る。
 排泄はオムツを使用、左半身は麻痺しているが歩行器を使えば歩けるものの視野狭窄の為まっすぐ歩けない、食事は自分で摂取できる、会話はやや聞き取れにくいが行えるといった状態を抱えていたが、リハビリの結果、歩行器なしであるけるようになり、左手もほぼ自由に使用でき、また排泄の心配もなくなり、身体機能はほぼ回復した。間もなく自宅療養に移行し、社会復帰に向けて活動をするのであるが、母晶子さんは健二さんの行動がなんだかおかしいと感じるようになる。
 やかんに火をかけて、新聞を読んでいると、シュンシュンと沸いているにもかかわらず、やかんのことなど知らん顔でずっと新聞を読んでるということや、いつもと少しだけ違うところに置いたものをないといって見つけることが出来ないということなど、あれっと思ってしまう行動が目につくのである。その後、身体障害者自立生活訓練所に約六ヶ月入所するが、ここでも高次脳機能障害という言葉は一度も聞いてない。
 就職先がうまく決まらない健二さんは国立県営兵庫障害者職業能力開発学校という障害者の就労支援の為の施設に通も、やはり不自然な行動が時として目立つ。そうして、晶子さんは「若者と家族の会」の新聞記事を目にして確信するのである。すぐさま連絡をとり、山口医師のもとを尋ねると、そこで初めて高次脳機能障害だと診断される。それは受傷してから、実に2年が経過してからのことでした。
 会話はまともに出来る、見た目に関しても何もかわったところはない、だからこそ、この病気の発見は遅れがちになる。また、これまで携わってきた医療関係者も高次脳機能障害の知識不足で気づくことができなかったのだろう。幸い症状は軽いほうであり、感情のコントロールは出来、他人に合わせることも出来る。しかし、一人暮らしとなれば様々な問題点が浮かび、今はまだいいものの、親が亡くなった後のことが不安で仕方ない。未だ高次脳機能障害の福祉制度が整備されていないことが困難を助長していると言わざるを得ない。

【出典】
「知られざる高次脳機能障害」 松崎有子著 せせらぎ出版

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